訪問着の歴史、付け下げの歴史…着物の歴史

今日のブログの導入では着物の柄について考えてみたいと思います。
まずは(有名ですが…)、このポップな水玉はいつ頃の物だと思いますか?


上記の着物は仙台市博物館蔵の「水玉模様陣羽織」です。
非常にモダンなデザインですが、伊達政宗所用の伝承がある桃山時代ごろの柄です。

時代背景から読み取れば合戦の場でいかに自分を演出し目立って武勇を広めるか。
そのセルフブランディングの一つが陣羽織や兜などの意匠を凝らす事だったと思いますし、伝統を重んじるよりも斬新性競うという空気が当時あったこと、その空気の中で時代が大きく動いたことを思うと「この令和の現在はどっちだ?」という事を考えます。

着物の柄を時系列に見るだけでもやはり桃山時代は少し異質な印象を持ちます。
上記のような奇抜なデザインや柄と海外との交易による舶来趣味、日本的な抒情性よりもインパクトを好む乱世の時代。
日本の服飾文化からも時代の空気って垣間見れますね。そして個人として、今は伝統としての着物に敬意を持ちつつも新たに「着物」を次の時代に繋げる事を考えるフェーズに入ったように感じています。

着物リメイク専門店として新しい着物の活かし方として今日も実例をご紹介します。私たちの活動が着物の未来に繋がる事を信じて、今日は一枚の訪問着をリメイクした実例になります。


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今日のリメイクの制作実例でご紹介している着物は訪問着ですが、訪問着の歴史ってご存知ですか?

訪問着の歴史は意外に浅いです。
大正初期に三越が命名して販売したのが最初だと言われています。
このエピソードを聞いた時「さすが三越」とひどく感心したものです。
ただ、このころ百貨店が呉服業界のムーブメントを仕掛ける事は良くあったようです。
(文献などを調べるといろいろ面白いのでこの当時の呉服事情も後日綴ります。)


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一方「付け下げ」の歴史はといいますと、太平洋戦争下、絵羽模様の訪問着が禁止になり代用品として普及したそうです。

訪問着の普及が大正時代ならば付け下げの普及はその後。ということは想像が付いたのですが付け下げは訪問着ほど華やかでは無いですから戦争が絡むという理由もすごく納得できます。

どの着物がどう派生して新しい伝統が生まれるのかというのは時代背景も含めて非常に面白いです。(着物リメイク専門店としては「着物リメイク×時代背景」の視点で自分たちの取り組みを考えたときに、着物リメイクは現在のSDGsの潮流と本質的に受け継ぐことを想定されている着物の組み合わせであたらしい価値を提供しうると信じています。)


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肝心のリメイクのお話に最後に触れますが、訪問着は柄が華やかで生地も良いものが多いです。
(前述の通り最も古くても大正時代なので、生地が酷く経年劣化したものは少ないです。)
ですので華やかな柄を活かす事で沢山のリメイクが可能です。

(よくお問い合わせを頂く)着物の年代という事に関して着物リメイク屋的に今日の話をまとめると訪問着は大正時代以降、付け下げは昭和時代以降の着物になります。

着物の歴史を知る事で着物リメイクの為の着物生地の把握力(どのくらいタンスで保管されたか、生地の状態)の精度が上がります。

 

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当ブログなどで私達の着物リメイクに興味を持たれた方は是非一度リメイクをお考えのお着物や帯を見せて下さい。【無料】でお着物や帯の回収を行っています。私達が現物を拝見しながらですと非常にスムースに打ち合わせが出来ます!

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